クラゲ化計画

すこし疲れたから休もう。

『退屈から抜け出す108の方法』

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ディズニーランドに住もうとおもうの

二条のアパートで生活していた頃、毎日が死ぬほど退屈でした。

当時のぼくは東京の大学に通う、単位さえ取れればあとは自由な文系大学生。

せっかく田舎から出てきたわりには新宿で飲むことに早々と飽きてしまい、気づけば今の放浪癖の原点のような生活を始めていたのです。

ずっと関東に住んでいたぼくにとって、関西は異世界であり、憧れでした。

特に修学旅行でしか行ったことがない京都はもう完全に異国そのもので、京都に住むということはディズニーランドに住むぐらいのドリームを感じたものです。

三年坂はビックサンダーマウンテン、鳳凰院平等堂はイッツアスモールワールド。

今振り返るとよくわかりませんが、当時のぼくは本気でそんなことを考えながら夜行バスを予約していました。

すぐに飽きた

ただその夢は2週間も続きませんでした。

ご近所様ともども楽しく過ごさせて頂いたのですが、実際に住んでみるとあんなに輝いて見えた金閣寺もただの古いお寺。

今はまた京都を離れて暮らしているので、年に一度は訪れて散策するのが楽しみとなっていますが、あの頃は本当に飽きていました。

京都で暮らし始めてから1週間ほどでぼくは引きこもりがちになり(二条駅前の天下一品には出かけていましたが)、完全に蛹のような生活。

これは意味ないな?と思ってまた関東に戻りました。

関東に戻る意味も特になくて(テストは受けないといけないけど)、せっかくなら神戸とかもっと南を攻めてもいいんじゃないかな?とも思ったのですが、異人館に籠るのはコスパが悪そうなのでやめました。

結局非日常が好きなだけみたいです。

日常化した瞬間に飽きてしまいます。

そんな当たり前のことを久しぶりに思い出しました。ずっと前から気づいていたのに、脳の容量がチロルチョコよりも小さいぼくは今日まですっかりと忘れていたのです。

『退屈から抜け出す108の方法』

これは京都とその後の大学生活をかけて書きためた完全オリジナルのバイブルです。著:ヤノユウ。

誰にも言わずにひっそりと書いただけなので出版はしていません。今ならnoteとかで販売するのかな。読者は著者のぼくだけです。

ちなみに108は言わずもがな煩悩の数であり、だからと言って深い意味はありません。

初代ポケモンの数にあやかって151でも良かったのですが、少し多い気もしましたし、かといって100ではキリが良すぎてつまらないなと思って108にしました。

自分で言うのもなんなのですが、今読んでも得るものがある文章となっています。

ここ数日死ぬほど退屈だなぁと思って部屋を掃除していた時に、ふとデータの入ったUSBを見つけて今に至ったわけです。

退屈に殺される

今の所この本を世に公開して稼いでやろうとは思っていませんが(そもそも売れるとも思えませんし…)、本当にお金に困ったら販売するかもしれません。

かと言って出し惜しみする必要もないので、興味のある人はいないことを承知の上で、少しだけ文章を引用してみましょう。

退屈は人を駄目にする。退屈に取り憑かれた人間はロクなことを考えない。紛争をなくしたいなら争いの火種を消したって無駄だ。火種は退屈がある限り蘇る。そこに根本的な解決はない。 

当時のぼくによると退屈とはまさに諸悪の根源であり、もっとも憎むべき人類の敵のようです。

そして退屈は日常によって生まれます。

さらに読み進めて行くと非日常も日常から生まれることが書かれていますので、日常そのものを否定することはできません。

ただ日常を変えることで非日常も生み出しやすくなる。

そんな感じのことが書いてありました。

日常を変える

とりあえず必要なことは、日常を変えることです。

思えば昔から突拍子もないことをするのが好きでした。

それが日常を変える最も簡単な手段の一つだったから。

ただここ最近は住む場所を変えるぐらいではもう刺激が足りません。

同じ場所に住む方が非日常なくらいです。(もうわけがわかりませんね)

ともかくもっと別の視点から日常にメスを入れないといけないのです。

長くなってしまったので、どこにメスをいれるかは次の記事で書きましょう。